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フィンランド出張報告: 2003.03.25-26

写真・文:宮城磯治 (産総研・国際部門・国際地質協力室)※

出張者:笹田政克&宮城磯治

作成日:平成15年4月22日(火)


| 全容 | 0(移動) | 1(GTK 1日目) | 2(GTK 2日目) | 3(ヘルシンキ大学) |
| 4(VTT-process) | 5(STUK) | 6(自由) | 7(巡検) | 8(ポシバ社) | 9,10(移動) |

※現在の所属: 深部地質環境研究センター 主任研究員

概要:

3月25日 火 AM 移動 ヘルシンキ(9時15分)→フランクフルト→成田 (宮城)
PM 移動 ヘルシンキ(17時??分)→成田(笹田)

3月26日 水 AM 移動 成田着

得られた資料

    本日は特になし。

4:30 起床

5:45 チェックアウト。 必要な領収書の内容を夜勤の人に理解してもらうのに時間がかかる。 その人は英語があまり良くわからないらしく、 こちらも、フィンランド語をほとんど話せない。

↑ ↑ : 6:05 ホテルを出て、トラム10番で駅方向へ。

6:25 ヘルシンキ駅のバスターミナルに到着。 6:30発ヴァンター空港行きのフィンランド航空のシャトルバスに乗る。

7:00 頃ヘルシンキ空港(ヴァンター)に到着。 チェックイン後、ゆっくり朝食と買物。

↑ ↑ ↑ :
8:35 ゲートに入る。
お国柄か、離陸前の機体に「解氷剤」をふりかける(左)。 お世話になったルフトハンザ機(中)。 フィンランドから日本へは、直行便が一番近い。 しかし宮城は事情によりフランクフルト経由になっていた。 乗り込んだ機体にも、解氷剤をふりかけられた(右)。

↑ ↑ ↑ :9:15 離陸。A310-300型機。座席は進行方向左の窓側。ヴァンターを離陸後、南西に進む。

↑ ↑ ↑ :ルフトハンザの朝食(左)。 バルチック海、スエーデンのストックホルム、 ドイツのハノーバー上空(?中)をとおり、 フランクフルト空港へ着陸。 空港ちかくの住宅街(右)。

↑ ↑ :フランクフルトにてトランジット。 こんなに多くのルフトハンザマークをみるのは初めて(右)である。 私はトランジットも、ルフトハンザの利用も、 フランクフルト空港の利用も初体験。 チェックインカウンターの受付嬢に 「フィンランドで預けた私の荷物が確実に 成田行きに積み替えされたことを確認したい」と伝えると、 「その必要ありません。あなたの荷物は (規則により?) 確実に積み替えされることになっています」 とのドイツ人らしい返事。 「そうですか、信頼します、よろしくね」と笑顔でさようなら。 なお、空港にはSARSに関するチラシが置いてあった(ドイツの医師による)。

13:10 (ドイツ時間)ゲートに入る。

13:40 (ドイツ時間)離陸。B747-400型機。座席は進行方向左の窓側。

以下、日本時間による記載。

↑ ↑ ↑ :
23:30 Saaremaa島の上空を通過。
※参考: http://www.saared.ee/teejuht/islands/saaremaa.html

↑ ↑ ↑ :23:50 Narvaの手前(左)。 23:52 Narvaの少し手前(中)。 23:55 Narvaのほぼ上空(右)。

0:06 サンクトペトロブルグの南上空を通過。

↑ : 3月26日 0:14 Novgordの川のすこし東を通過。 この先は雲に覆われ、夕方になったので地上は見えず。

仮眠をとる。 フィンランドの冷気で咽をやられてしまい、咳がとまらない。 マスクはしていたが、隣席の人はいやな思いをしたことだろう。

↑ ↑ ↑ :2:30 ロシアの上空で一瞬目覚め地上をみると、 地上のあちこちで「炎(明るさのゆらぎ具合から判断)」があがっていた。 石油のパイロットランプかもしれない。 上の写真のうち、明るい赤い光がそれである。 黄緑のものはおそらく水銀灯。

↑ ↑ :8:12頃、新潟(左)から福島(右)を通過。 雲のなかにうかびあがる真っ白な朝日山地 (左;位置から推測)を見たときは、 日本は変動帯なのだとつくづく実感した。

8:54 成田到着。 本来は、このままタイ行きチェックインをするところだが、 CCOPに行かないことになったので、タイ航空の入口を素通り。

10:35 つくば行きのバス、発車。


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